機動戦士ガンダム 水星の魔女(第1クール終了)  

えー、期待の異色ガンダム「水星の魔女」、第1クール最終12話まで放送終了。

PROLOGUE(0話)とエラン4号の処分シーンでヤバい世界設定なのは示されていたけど、スレッタとミオリネのすれ違いと和解を描いた心温まる11話…からの12話Cパートのゴアシーンでガンダム初心者は阿鼻叫喚、歴代作品の中でもここまで倫理観がぶっ壊れている主人公は居なかったのでガノタからもドン引きの声が聞こえた。



突然のショッキングシーンでSNSのトレンドを賑わせたのは制作側の狙い通りなのだろうが、12話も費やしてようやく「リアルな死」に向き合うのはちょっと遅すぎるというか、残りの尺を考えると骨太な戦争モノにはならないのがほぼ確定してしまったように思う。


残りの尺から物語を逆算するのは野暮と思いつつも、尺の都合上アーシアンとスペーシアンの格差や心情的確執は解消すべきテーマではなく固定された舞台背景に過ぎないということになりそう。そういう意味では持たざる者が階級闘争に挑んだ「鉄血のオルフェンズ」よりもテーマはかなり縮小・後退している。
プロデューサーが若者向けを意識したとされるフィクション作品で「差別と格差の固定」がスタンダードなものとして描かれるのはなかなかグロテスクだ。

そしてここまで視聴者に情報が開示されないまま物語が進行する作品はガンダムAGE以来だろう。しかし一方でとあるガンプラには本編で詳しい描写が無い前日談としてのドローン戦争についての記述があるらしく、全然新規獲得する気ないじゃん!と思った。

おそらくそうした細かなバックボーンは知らなくても本編視聴に差し支えない話のつくりになっているのだろうが、知っていればより楽しめるのは間違いないわけで、結果的に本放送でフルパッケージを提供せず課金オプションで拡張パックを売っているような格好に受け取られはしまいか。コスパやタイムパフォーマンスを重視する若年層の新規視聴者はそういうハードルを好まない気がする…。

他のガンダム作品でも後付け情報やガンプラ説明書や雑誌媒体でのデータ補強されることはよくあるが、基本的な設定は本編序盤のうちに提示されていたので放送期間中に視聴者が情報迷子になることはあまりなかった。

「水星の魔女」は神の視点で描かれているわりにその描写が及ぶ範囲がかなり限定的で、Gレコのようにリギルドセンチュリーの文化や謎技術を視覚的に表現し「そういうもの」として視聴者に馴染ませる演出があるわけでもない。
たかだか2クールなので広げる風呂敷は出来るだけコンパクトにしたいという意図は理解できるが、この風呂敷サイズだと本当に企業グループ内での抗争を背景にしたスレッタとミオリネの関係進展だけにフォーカスするだけで終わりそう。
このままだと普通に第2クール最終回は紆余曲折を経てスレッタとミオリネが共に歩む決意を確たるものにし、YOASOBIの「祝福」が流れてスタッフロールを眺めながら「イイハナシカナー?」となる気がしてならない。


あと怖いのは信頼できない語り手問題。

エラン4号がただのクローンなら良かったが(よくはない)、あれでアド・ステラ時代の容姿変更技術が高すぎることや使い捨て可能な個人(宇宙ネズミ?)の存在が明らかになっているので、少なくともべネリットグループ管理下のアスティカシア高等専門学園では学生の戸籍を乗っ取る「背乗り」がいくらでも可能ということになる。
エラン本体のように複数の影武者を用意するケースもあれば、すっぱり個人を入れ替えているケースも考えられる。普通なら深読みのしすぎだろうと苦笑いするところだが、ミスリードを誘うためだけにエラン4号を敢えてあのように設定したのなら登場キャラ全員が信頼できない語り手になったという副作用のほうが大きすぎて失敗だろう。
そのうえ情報共有物質パーメット元素の存在も考慮するなら「語り手の信頼性」以前にアドステラ世界において人格をどう規定し得るかすら曖昧になってくる。

人体への有害性を考慮せずパーメットの可能性を突き詰めていけば「義肢の高度なコントロール」から「記憶の外部保存」や「人格の複製」、最終的には「人格を別の器にコピー&ペーストして封入する完全サイボーグ化」に至るもので、おそらくエアリアルはそれそのものかそれに近い状態。情報としての個人が限りなく不死に近付くという人工進化(?)を描くなら便利な作劇装置だが、ニュータイプ論のようなテーマを構築するにはもう遅い。

プロスぺラのシン・セー社がパーメットスコア上昇時の人体負荷問題を克服したとすればまさに技術的ブレイクスルーだが、兵器としてのGUNDフォーマットからデメリットが取り払われることを元軍人のデリングやサリウスは危険視するだろう。戦闘技術や知識はパーメットで共有され全モビルスーツがエアリアル級の装備をフルコントロールし、最終的に無人兵器化すれば戦場が「鉄血のオルフェンズ」でいう厄災戦のように泥沼化することもあり得る。
デリングはGUNDフォーマットを警戒しつつパーメットの無害化技術に価値を見出しているがサリウスは抹消を目論みヴィムは利害の一致でそれに乗り、シャディクはそれを利用して何かを企む…というのが「水星の魔女」前半の状況。

ここに「信頼できない語り手」の存在を加味すると極端な話、物語の開始時点からシャディクがシャディクである保証すらなく、もっと言えばプロスぺラ以外に知己がいないスレッタこそがニセモノ人間の危惧がもっとも濃いという話になってくる。

すでに12話Cパートでプロスぺラの洗脳疑惑やスプーンの持ち方からネグレクトの考察があるが、エリクトの魂はエアリアルに封入されて(見かけ上は不死)いるようだし、じゃあスレッタって誰?となったときにパーメット無害化試験の被検者(生存者)の容姿を変更して記憶も改竄したのではないか…などと疑いたくもなる。
水星生まれだからマーキュリー…と苗字が雑でいかにも便宜上の偽名っぽいし、物語の背景とパーメット元素の扱いが規定されないうちはパーメットに近いキャラほど「なんでもあり」で脚本上の装置になりやすい。

スレッタがエリクトの妹やクローンである可能性も考えたが、復讐のためとはいえさすがに実子や実質エリクトであるクローン体にそこまでやったら復讐の意味が歪むのでスレッタの正体は赤の他人(水星の孤児か宇宙ネズミ)という説を推したい(プロスぺラ自身がパーメットの影響で自我が曖昧になり人類の総意の器を自称するようなフル・フロンタル化している最悪のパターンもなくはないが、その場合は肉親やクローンでも容赦なく道具にする地獄ルート直行です)。

そうすると第2クールは残り12話で御三家の動きとシャディクの目論見を明らかにしながらニカ姉の事情を掘り下げ、ボブのトラウマ克服セラピーをやり、地球の魔女との戦闘を交えつつスレッタのアイデンティティ崩壊に対処するというGレコ後半より忙しい展開になるわけだが…。やっぱり尺が足りないな。こりゃあTVでスレミオ問題だけ片付けて残りの問題は劇場版かも。

強引に尺の問題を回避するなら、第2クールは1期12話の1年後なり10年後なりと時間をすっ飛ばして事態が完全に別の状況に落ち着いたところから再開するという手もある。
かなり視聴者を置いていくことになるが、例えばボブが宇宙海賊になっていたりスレッタとミオリネが子育てしてるとかシャディクが二人いるとかニカ姉が半身サイボーグ化してるとか地球の魔女が味方になってるとかメチャクチャな配置をして「な、何があったッ…!?」と視聴者に不意打ちを食らわせドサクサ紛れのパワープレイ脚本で突き抜けるとか。…いやそれ逆に面白そうで見たいわ。むしろそのくらいガラッと話を動かすなら12話引っ張って劇場版までやるのもアリ。

脱線したが、シャディクが養子だったりラウダが妾腹だったりシャディクが父殺しを成したりと家族のありかたに意味を持たせてくるストーリーになるであろうから、百合かどうかはさておきスレミオが家族になるENDと予想する。さて、どうなる後半。
[ 2023/01/20 11:35 ] 映画・アニメ感想 | TB(0) | CM(0)

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