スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

小田ひで次 『クーの世界』 

当レビューに再登場する数少ない作家、小田ひで次の作品、『クーの世界』を紹介。

 『クーの世界 / 小田ひで次』(※新装版)
「私は今 私の夢の中にいる!」(作中より)

  (※こちらは廃版の旧単行本バージョン)

前作『拡散』は難解すぎて姪に不評で「わけわかんない」と言われたのを踏まえた上で描いた作品……というわりには充分に難解な作品。

【あらすじ】
思春期のさなかにある主人公「れねい」はある日、夢の中で死んだはずの「お兄ちゃん(=夢の中ではクーと名乗る男)」に出会う。その日かられねいは昼間はいつものように日常を過ごしながらも、夜は毎晩「クーの世界」の夢の続きをみる。
あるときれねいは夢であるはずの「クーの世界」から戻れなくなり、自分のいた現実世界が現実であることの根拠を見失い、夢の迷子として自分の家を探す旅に出る…。
「クーの世界」は現実での友人が別人として現れたり、死んだ人とも会える不思議な世界。そこに棲む人物や生き物はまさに「夢」そのものというべきユニークなキャラクター。当て所ない旅の途中で不思議な人・生き物に出会う…。


先ほど難解な内容と書いたが、正確には難解とというよりヒネクレてる。一見清潔な童話風ファンタジーの中に「小田ひで次の少女愛好と処女信仰」を隠したような素振りで、わざと見つかりやすいように埋め込んで読者の反応を窺っているような、あざといスケベ心を感じる(褒め言葉)。自覚的にやってるのが変態っぽくて良い。

キャラクターを何かのシンボルに見立て、遠まわし遠まわしな隠喩表現で捉え所のない一人称を浮かび上がらせる手法はまさに小田ひで次の十八番。


「少女愛好」というといかにも犯罪的な匂いがするが、アフタヌーン誌の作家陣の傾向としては否定できない重要な要素である(あの人とかあの人とかあの人とか…)。
『クーの世界』は作者の自意識を詮索せずに読めば作品内容的には素晴らしいファンタジーであり、個人的にも『拡散』と同じく大好きな作品のひとつ。しかしこの作品を最後に私が好きだった作家・小田ひで次は「拡散」してしまった気がする。


『拡散』の主人公は拡散後に世界各地で4度肉体を成す。公衆便所ヒロイン「渚」、アフリカン巫女の「ミラ」、真性チキン・ネイティブアメリカンの「ベア」、そして自身の攻撃的ドッペルゲンガーともいうべき「哲也」。それぞれのキャラクター全員が大きな役割を持ち、世界に埋没した主人公を夜店のカタヌキのように削り出していった。

『クーの世界』も同じような図式だが、現実世界を舞台とした『拡散』と違って幻想の世界を舞台としているということもあり、唐突さや存在の不可思議を意に介さず、自由にわかりやすい形でサブキャラが配置されている。しかも今回はそれぞれが何を象徴する存在であるかを解説するユーザーフレンドリー仕様。


いずれにせよ「無垢・純粋の象徴である少女に真実(大人の世界)という不可逆的な傷を与える」という、古今東西あらゆる物語に登場する普遍的な変化・変身のメタファーであろう。


そしてその後、作者自身が「拡散」してしまったと感じた作品が『クーの世界』の続編である『夢の空地』

  ←『夢の空地 [ 小田ひで次 ]
「……これが幻覚? いったい何が起こっているんだ?!
 私……気が狂った?!」
(作中より)

警告します。『クーの世界』が好きなら絶対に読むべきではない。正統な続編とは考えたくないくらいダウナーな作品。ただの失望ではなく、最悪の過程を経て前作のイメージを徹底的に破壊する。

大学生になった「れねい」の話ですが、作者の身にいったい何があったのかと思うほど自分の作品のキャラクターをグチャグチャにしてしまっている。
もしこれが『クーの世界』連載時からの予定通りの続編であるなら惜しみなく天才の称号を贈るが、同時にNTRフェチのドMであると断ぜざるを得ない。


作者の身に何が起こり、それが心理にどう作用したのかはわからない。一度完結させた作品をリライトしてまでペンを執り「愛しいものがいつまでもそのままでいてくれるとは限らない」ということを伝えたかったのか。
処女性の死に対する作者の慟哭にも似たエレジー(哀歌)。

それでも是非読んでみたいというキモの座った方を止める術はないが、前作が好きであればあるほどダメージが大きくなるので、自分の娘がレ○プされるくらいの覚悟を。


※追記…買って一度読んでからはずっと放置していた『夢の空地』だが、このレビューを書いた後で久しぶりに改めて読むと「もしかして作者は怨み節や愚痴ではなく、精一杯マジメに人生を捉えようとしているのか?」とも思った。


『クーの世界』で語られなかった部分や『拡散』で現れた謎の数々をつなぐミッシング・リンクのようであり、小田ひで次なりに決着をつけた印象を持った。前回読んだときは嫌悪感のほうが先に立ち過ぎて内容まで気が回ってなかったのかもしれない。何にせよ、少し評価が変わった。

誰しもが一度は通る(と信じてる)「自分の存在理由」という究極の謎と正面から対決し、大上段の構えから真っ向唐竹割りでぶった斬る、そんな内容です。

自分も20歳前後の頃にはこの境地に近いところまでぶらついてきたが、あまりにもキツイので引き返してきたのを思い出したくなかったのに思い出し。ま、今にして思えば現実と折り合いをつけるというただそれだけの事だったのだが、割り切れずにもがく時期も大切だったってことで。

本作で「れねい」はまさにもがいてもがいて醜態をさらしつつも、自分の道を切り開くために立ち向かう。処女性をドブに捨てようとも、確固とした自分さえ持ち得ていれば本人の価値は何ら損なわれるものではない、と。この作品はそういう読みでいいんだと思い直した。


「二次元のフィクションでもここまで読者のココロをえぐることができる」という表現の可能性を切り開く作品だが、それが成果として読者の利益になり得るかは別の問題。

警告ナシにえぐられたほうはたまったものではないが、鬱展開は予見できないからこそ効果的に作用する。それは間違いない。そういう意味では「正しい鬱展開」としてマンガ史に記憶されるべきであろう。
[ 2007/12/29 00:38 ] マンガ紹介 | TB(0) | CM(2)

ほ、本間先生!

赤ずきんちゃんコンバースが死ぬほどキュート。

しかし、俺には絶対似合わない事も知ってる。

苦しいです、サンタマリア…(゚ω゚)
[ 2007/12/30 01:03 ] [ 編集 ]

赤★ズッキン

ああ、俺にも死ぬほど似合わない。
無理に履けばチャクラの暴走は必至だ((( ;゜Д゜)))
来世で、な。

※余談だがU2のボノが一枚噛んだHIVチャリティの賛同商品である。狂気。
[ 2007/12/30 14:13 ] [ 編集 ]

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://oldskool.blog38.fc2.com/tb.php/37-0c48144d













上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。